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呼吸さえ邪魔になる。
これほどまでに美しい女に出会うのは、長くなる生の中でもたった一度切りだろうと彼はその時、確信した。
ダランズールの至宝とはよく言ったものである。
年相応に衰えてなお、彼女の双眸は苛烈な光に満ちていた。状況を把握すべく顰められた眉は、彼女のつくりのよい顔立ちをことさら印象付ける。
驚嘆から冷めやらぬシェラートの横を素通りしたジーニー(魔神)は、女の横に立ち並んで腕を組むと、彼を睥睨す女の姿を下から上へ検分するように眺めた。
「随分と老いたな、アジカ」
「失礼ね。まーだ四十よ! 大体、遅くなったあなたが悪いんでしょう、ランジュール」
存外早かったろう、とジーニー(魔神)は愉快気に喉を鳴らした。存外時間がかかった、とランジュールは焦がれ続けた女の、眉を跳ね上げたその女のこめかみを指でなぞった。
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フィシュアはテトを抱きしめて、幸せそうに眠る。
安易に近づけば、また剣を突き付けられかねない。
向かいの寝台に腰かけたシェラートは、青白い月光に照らされて眠る彼らをひそやかに眺めた。
「これが、アジカの親戚とはな」
あの絶世の美女とは似ても似つかない。親類と気付けというほうが無理だっただろう。
思って、その奇妙な縁と可笑しさに、彼は静かに笑いを押し殺す。
眠る二人が、揃って幸せそうな表情をしていることに、シェラートは人知れず深い心地を覚えた。