避難避難

避難避難
エイディルダブラカーリア。
すべての草の根たる偉大な族長ディルダ。
どこまでも似合わぬ名前にシィシアはせせら笑った。
なんと滑稽で愚かな名。
当の王は、すべてを手放し、できることならば滅ぼしてしまいたいとすら願っているのに。
それができぬから、せめてもうこの世を視界に入れぬよう、自分の身が朽ちるのを待ち望んでいると言うのに。
いっそ誰かが殺してあげればよいのだ、とシィシアは遙かに広がる眺望を見下す。
年老いても尚、屈強な王を殺すのは、つい最近まで歩くことすらままならなかったか細い娘には難しかった。
結局、シィシアもまた王の死を望めはしなかったから。

2011四月馬鹿ボツ

2011四月馬鹿ボツ
 宵はじめに花が鳴る。ふさぁふわりと宙を舞う白花が夕日色に満たされる中、花嫁は長い紗の裾を歩いてきた道筋に添わせながら、長い階段をくだっていった。
 随分と前に一緒に旅をした頃、自分の式も夕暮れの中執り行いたいと望んだ女。宣言通り夕日を纏って婚儀をあげたフィシュアを、十八になったテトは複雑な思いで見守った。
 主賓として招かれたとはいえ、階段を歩くフィシュアとの距離は遠い。
 あーぁ、と零れそうになるもどかしさを、テトは隣に立つジンをねめつけるに留めた。
 一体どこから聞き付けたのか、十六でテトが成人となって以来、都から離れていたシェラートは式が始まる直前になって姿をあらわした。
 眩しそうに目を細めて、ほとんど点にしか見えないフィシュアを眺めているシェラートに、テトは溜息をつく。
「まったく何やってるんだよ、シェラートは」
 テトを見つめたシェラートは意外そうな顔をして、穏やかに片眉をあげる。
 答えはいっこうに返っては来なかった。きまりの悪くなったテトは、いっしんにしあわせの形を身に纏っている花嫁に視線を向けたのだ。
 宵はじめに花が鳴る。ふさりふわりと、宙を舞って。花びらは決して切り取ることのできない一瞬を、この上もなくうつくしく彩っていた。

ちらみしたNHKの特集がつぼった

ちらみしたNHKの特集がつぼった
ルーナは長い竿を使って、夜中しゅうしゅうと裏道を照らし続けたガス灯の光を消してゆく。
竿は見た目の割に、長すぎて、身体のちいさな彼女には重心を保つのが難しい。それでも、最近ますます腰の悪くなった祖母からこの仕事を受け継いで早半年、心許なかった竿の先を操る術もいくらか見れるものになってきた。
またひとつ明かりを消して、ルーナは竿を肩にかけ次のガス灯へ足を運ぶ。
目を上げれば、はす向かいから大急ぎで坂をくだってくる自転車があった。
「おはよう。あんたまた遅刻じゃないの」
「うるせえ」
新聞配達の少年はちりんちりんとベルを鳴らして通り抜けていく。
道に面した家いえから、漂って来る朝食の匂いを吸い込んで、ルーナは、次のガス灯に竿をかかげた。

わたしはいっしょう後悔するだろう

わたしはいっしょう後悔するだろう
黒いヴェールが揺れる。
覗いた見覚えのある面差しに、騎士は息をのみ損ねた。
「・・・さ、ま」
口にした名は彼の人に届いたらしかった。
巡らされた細いうなじ。黒い眼がこちらへむかう。
顔半分をヴェールで隠した婦人は、冷えた感情を無表情に刻む。
昔、選ぶことのできなかった貴婦人は、ひどく醜い刀傷を、隠した顔に負っていた。

(untitled)

(untitled)
そうとおくない未来、とこしえの闇に抱かれる予定の男。
おそらくもう輪郭もよくはとれないにじんだ色の世界にいる男。
最後に何が見たい、ととうたわたしに、男はぐしゃりと皺ごと笑んで、あぁ、と息を吐いた。
一呼吸のあと男はいった。
雪がみたい。

白く眩しく。くらく厳しくはかなくやわい。身の凍る恐ろしさをもったあらぶるうつくしい雪をみたい。
鼻先で静かにとける雪をみてみたい。


男が語ったのはすべからくわたしの語ったままで。
いやというほどに雪が年がら年中おおい尽くすわたしの村はここからずっと遠い場所にあった。
男は、雪がいい、と顎をひく。
湿気だけがやけに肌にまとわりつく、暑い夏の夜だった。

わずかに軌道を外した切っ先、けれど、ゆるやかにそして確実にその男の目を潰していった。

(untitled)

(untitled)
ひらひらと薄紅の尾っぽをひらめかせて、水草についたあぶくたちを冷やかしていたら、よりこさんが、まるでさくらのはなみたいと、ほぅとためいきをついて、そよとあわいいろあいのさくらを水面におよがせたものだから、わたしはそうなってあげることにしたのです。


ーー桜魚

(untitled)

(untitled)
4月祭おつかれさまでしたv

ご卒業おめでとうございます。

ご卒業おめでとうございます。
「あーりーまーさーん!」
道の向こうに見知った顔を見つけて、奏多は手を挙げる。ぶんぶんと、手を振るその中途、見慣れぬ有馬の格好に、奏多は首を傾げた。近くにきた有馬を彼女はまじまじとみやる。爪先からてっぺん。てっぺんから爪先へ。何度見返しても姿は変わらない。
「あれ。有馬さん、スーツですか、珍しい」
「あぁ、今日卒業式だったから」
「卒業式?」
「うん」
「え、ええぇぇぇえっ!?」
「だって魔女子さんが高二の時に大学二年だったんだから、魔女子さんが一年なら僕は四年でしょう」
だから今年で卒業と有馬は言う。
聞いてない!と叫んだ彼女に、有馬は「知ってると思ってた」としれっと答えた。
奏多は顔を歪める。放課後のバイキングケーキタイムの危機。なんてことだ。
「知らない知らない知りませんよっ!」


「・・・て、夢を見たんですよ」
奏多は底に残っているクレームブリュレのかけらをいじいじとスプーンの先で突きながら、向かいに座る相手に訴えた。
「そんなこと言われても今まだ三年だし。次が四年だね」
出会い頭になぜか奏多から花束を押し付けられた有馬は、うなだれる奏多に苦笑してコーヒーに口を付けた。
「そんな笑うことないじゃないですか」
「いや笑ってはないけど、おかしかったのはおかしかった」
奏多はきまり悪そうに窓の外の道行くひとに目を向ける。
まぁ、とこっそりもうひと笑いした有馬は、隣の椅子を陣取ってる花束の包装ををぽんぽんと叩いた。
「これは来年用と思ってもらっておくよ」